わたしの名はモコ。 わたしがこのお家に来た時のことはぼんやりとしか覚えていませんが、うっすらとした記憶では、ある日わたしにご飯をくれていた人が、わたしを車に乗せてくれました、でもそれは真っ暗な夜だったのです、 随分長い時間乗っていたような気がします、ある所でその人と一緒に車を下りました、 わたしはずっとおしっこを我慢していたので、急いでおしっこをし易い場所を探し、沢山溜まっていたおしっこをしました、 すっきりしたわたしは車の所に戻りましたが車もその人もいなくなっていました、 でも、迎えに来てくれると思い原っぱをあちこちしながら待ちました、草の匂いも久しぶりです、 鎖で繋がれてもいません、 何だか嬉しくて時間の経つのも忘れて遊んでしまい、いつの間にか草の中で眠ってしまいました。 目をさますと、もうすっかり明かるくなっていました、でもあの人は迎えに来てくれません、お腹もぺこぺこです、 食べ物を探しても何もありません、 何だか悲しくなってしょんぼりしていると、知らないおばさんがパンを持って来てくれました、 お腹がすいていたのでとっても美味しかったのを覚えています、 待っても待ってもあの人は迎えに来てくれません、 さみしくって、さみしっくて涙がでそうでした、辺りはだんだん暗くなり、もう、どうしていいか分からなくなって草の中で丸まっていると、学校帰りのお姉ちゃんがわたしの顔をそうっと覗き込んでいました、わたしは嬉しくてお姉ちゃんと遊びました、 とても楽しかったので、お姉ちゃんについて行こうと思いました、でも、お姉ちゃんは 「ついてきてはだめっ!」と言います、何度も何度も後について行きました、そのうちにお姉ちゃんが泣き出してしまいました、 わたしはお姉ちゃんが泣くのを不思議に思っていると、見たこともないおばさんが微笑みながらわたしをそっと抱き上げてくれました、わたしの今までの寂しさを、おばさんは全部知っているように両手でしっかりと胸に抱いてくれました、この時から、わたしはこのおばさんの子どもになったのです。



・・・・・我が家に連れてきたモコは細い華奢な首に紳士用の太いベルトを短くしたものが首輪代わりにつけられ、少しのことにもおびえ、よく吠える犬でした、 そんなモコが殊の外不憫になり、他の子以上に気を配って大切にしてきましたが、6年目になった今でも私以外の家族には心がうち解けないのを見ると、余程ひどい待遇を受けてけていたと思われます。 国道1号線脇の原っぱに捨てられていたモコ、私の大事な子どもです。
                                          
1999年 7月

  2005年 10月12日午前6時30分、トコとの不慮の災難により死亡、享年推定14歳、ごめんね。
 今頃は大好きなシロボに逢っているかな! お母さんが今いるみんなへの務めを済ませるまで待っていてね、
 モコタン!大好きで大好きでたまらなかったよ、待っていてね。

 

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